11月6日。ワタシの大好きな俳優・松田優作の命日です。1989(平成元)年、ぼうこうがんのため40歳で亡くなって、36年が経過しました。早いですね。
今年8月、集英社インターナショナルから書籍『生きている松田優作』が発売になりました。テレビドラマ「探偵物語」、映画「野獣死すべし」などで知られる脚本家・丸山昇一が、松田優作との出会いから永遠の別れまで10年余りの日々を綴った、ファンにはたまらない一冊といえます。
ワタシも新聞広告で見て、すぐ、ではありませんでしたが購入。予想どおりにとても面白く、一気に読破しました。と同時にいろいろと思うところもあったので、箇条書きで記します。
・優作のわがままぶりにはあきれるばかり。いいように振り回される丸山が本の帯(下の画像)にあるように「殺意を抱くほど憎かった」と思ったのはまぎれもない本音のはず
・丸山にとって優作は好きな俳優ではなかったという。それがどんどん優作に惹かれていく。やはり魅力があったということ、か。ふたりのヒリヒリとしたやりとりは読むだけで緊張感が伝わってきた。しかし、互いに認め合うようになったとはいえ、深夜に突然呼び出されたり、抽象的なオーダーでダメだしされたりと、決して対等な関係ではなかったように思われる
・丸山は優作に「お前、キョーハンだから」「共犯者、俺と」と言われて悪い気はしない自分がいる、と書いていた。そりゃそうでしょう
・丸山は当時のギャラ(脚本料)についても語っていて興味深かった。テレビデビューとなった「探偵物語」は1本20万、映画デビューの「処刑遊戯」が35万、「翔んだカップル」が60万、そして「野獣死すべし」が200万。比較の対象がないのでこれが割のいい仕事なのかどうかはわからず
・同じく当時の映画人についての描写も印象的だった。角川春樹はまさに時代の寵児。イケイケどんどんぶりが伝わってきた。そして、映画「翔んだカップル」制作に絡むプロデューサー・伊地知啓と監督・相米慎二のダメダメコミュニケーションぶりには心底うんざり。こんな人たちと仕事をせねばならない丸山に同情した
・優作が映画化を望み、結果的にボツになった数々の企画の中に、山際淳司原作のスポーツノンフィクション「たった一人のオリンピック」があったので新鮮な驚き。ストーリーは簡単にいうと、何の取り柄もない青年が、オリンピックに出れば人生が変わるだろう、と競技人口の少ないボートのシングルスカルに挑むというもの。青年は1980年モスクワオリンピックの日本代表に選ばれたが、日本がボイコットしたため幻の代表に。ワタシは原作を読んでいたので、この青年を優作が演じたいと思ったことに意外な気分になった。丸山は脚本を完成させるも、実現にはいたらず。残念
・それにしても、優作はなぜここまで権限を持っていたのか。一役者というより、まさに全権プロデューサー。彼に意見を言える映画人はいなかったのか。いたら違った展開になっていたかもしれないと思ってしまう
……ほかにもあったような気がしますが、読破してかなりの時間が経っているので、思い出せません。ただ、この本を読んで〝感動〟はしなかったことを明記しておきます。それでも、ワタシにとって松田優作が大好きな俳優であることには変わりなし。今後も優作の関連書籍が出たら、もちろん購入します。
