今朝(6/2)の日刊スポーツのコラムを読んで、もう25年も経つのか、としみじみしました。1998(平成10)年6月2日。当時のサッカー日本代表・岡田武史監督が、ワールドカップの直前合宿地スイス・ニヨンで、日本サッカーをけん引してきたFWのカズこと三浦知良の代表落選を発表した日です。
「外れるのはカズ。三浦カズ」
ワタシもこのシーンははっきりと覚えています。ただ、岡田監督が発した順番は、正確には「外れるのは市川、カズ、三浦カズ、それから北沢」だったようで。カズは最初ではなかったんですね。このコラムを読んで、そういえばそうだったな、と思い出しました。
個人的に、カズが外れたのはやはり衝撃的でしたね。ゲームに出さなきゃいいんだから、ここまでの功労者のカズは絶対に選ぶべき、と浪花節的な見方をしてしまった記憶があります。
そしてワタシには、ワールドカップで初の指揮を取る当時41歳の岡田監督が浮き足立っているように見えていました(いや、初のワールドカップに向けて、日本中がそうでしたね)。決して「苦渋の決断」ではなく、何かインパクトを残そうとしてこうした間違った判断を下してしまった、という思いは今も消えていません。
コラムでは市川大祐とカズ、2人の25年の歩みを振り返り、代表落選という「悲劇」とはまた別のドラマが見えてくる、と結論づけています。市川は2016年シーズンを最後に引退。その後は清水でユース世代の監督として経験を積み、今季からJ2に降格したトップチームのコーチに抜擢されたようです。一方のカズは56歳になった今も現役続行中。その生き方について、ワタシは思うところがあるのですが、それについて書くのはまた別の機会にしましょう。